2016年、日本でひとつのプロジェクトが幕を閉じました。
国立情報学研究所が進めていた「東ロボくん」——AIを東京大学に合格させようとした5年間の挑戦です。結果は偏差値57.1、東大には程遠い数字でした。プロジェクトリーダーの新井紀子教授はAIを「知識に比べ幼稚な知性」と評しました。
それから9年後の2026年、同じ東大入試にAIが挑みました。結果は首席合格者の点数を上回りました。
AIの「賢さ」は、いったいどのように、どれほどの速さで変化したのでしょうか。本稿では複数のデータを通じてその実態を追います。
AIの能力を語るには、まず測定方法を理解する必要があります。
AI研究者はAIの性能を測るために「ベンチマーク」と呼ばれる標準的な試験を使います。医師国家試験や司法試験のように、ベンチマークは特定の能力を定量化するための共通のものさしです。重要なのは、多くのベンチマークが「人間のスコア」を基準点として設定している点です——AIがどこまで人間に近づいたか、あるいは超えたかが一目でわかります。
ベンチマークはあくまで特定タスクの指標であり、「汎用的な知能」を測るものではありません。その限界を念頭に置きつつ、以下のデータをご覧ください。
東ロボくんプロジェクトが終了した2016年から、日本の大学入試という具体的な指標でAIの変化を追うと、その変化の速さが際立ちます。
| 年度 | モデル | 正答率 |
|---|---|---|
| 2016 | 東ロボくん | 55.3% |
| 2025 | ChatGPT o1 | 91.3% |
| 2026 | GPT-5.2 Thinking | 96.9%、9科目満点 |
2024年から2025年の1年間で66.9%から91.3%へ——24ポイントの伸び幅は異例です。東大合格者のトップ層でも9割を超えることは「至難の業」とされています。
共通テストだけではありません。記述式・論述式の二次試験でも、河合塾の講師が採点に協力して実施された検証で、以下の結果が出ています。
さらに印象的なのは数学の変化です。2025年度のo1は東大理系数学で38点でした。翌年、同じカテゴリのモデルは120点満点を達成しました。
「知識に比べ幼稚な知性」——その評価から9年。同じ東大入試で、AIは首席の点数を超えました。
ベンチマークとは別の切り口として、IQテストによる測定も試みられています。Mensa Norwayの公開テストを用いたTrackingAI(Maxim Lott)の測定によると、推移はこうなっています。
| 時期 | モデル | Mensa換算IQ | 備考 |
|---|---|---|---|
| 初期 | テキストモデル全般 | 89〜100 | 人間平均(100)以下 |
| 2024/09 | OpenAI o1 | 約120 | 人類の91%を上回る水準 |
| 2025 | OpenAI o3 | 約136 | 人口の98%超に相当 |
| 2026 | o3・Claude Opus 4系 | 133〜141 | |
| 2026 | Grok-4.20 Expert Mode / GPT-5.4 Pro(Vision) | 145 | 視覚テスト込みで最高値 |
ただし、このデータには重要な留意点があります。IQは人間の認知構造を前提に設計された指標であり、LLMへの適用は妥当性が議論されています。また、視覚・空間推論では著しく低い値も出ます(例:GPT-4oはテキスト系で高スコアでも、視覚テストではIQ63と大幅に下がります)。
「AIのIQが145」を額面通りに受け取るのではなく、「特定の言語的タスクで人間の上位数%に相当するパフォーマンスを出せるようになった」という解釈が正確です。
ここで2023年という基準点を置いておきたいと思います。
GPT-4が発表された2023年、米国の各種資格試験での成績が世界を驚かせました。
| 試験 | 成績 |
|---|---|
| 米国統一司法試験(UBE) | 上位10〜30%相当で合格レベル ※ |
| 米国医師国家試験(USMLE) | 受験者の80〜100パーセンタイル |
| 公認会計士試験(CPA) | 合格レベル |
| LSAT(法科大学院入試) | 88パーセンタイル |
| 日本の医師国家試験 | 過去6年分すべて合格(2023年研究) |
※ OpenAIは「90パーセンタイル」と発表しましたが、MITの研究者による再評価では7月受験者全体との比較で約68パーセンタイル(2月受験者はスコアが低い集団のため)。数字の出所には注意が必要です。
重要なのは、これが3年前の話だという点です。あれから何が起きているかは、以降のデータが示す通りです。
知識テストや資格試験に続いて、数学という分野でのAIの進化が際立ちます。
IMOは世界中の数学の天才が集まる大会です。2025年の金メダルカットオフは35点(630名中72名のみ、約11%)。
2024年に銀、2025年に金。わずか1年の変化です。
FrontierMathは世界トップクラスの数学者70名以上が作成した問題群です。約25%が国際数学オリンピックレベル、50%が大学院レベル、残り25%は専門の研究者でも数時間〜数日かかる難易度です。
「当分無理」と言われた壁が2年で87%まで崩れました。なお最難関のTier 4(研究者レベル)については、設計者が「数十年は突破されない可能性がある」と明言しています。
資格試験や数学競技と並んで、純粋な知識・推論系ベンチマークでの変化も見ておきたいと思います。
数学・歴史・法律・医学・理科など57科目にまたがるMMLUは、AI研究者が知識の広さを測るために広く使ってきたベンチマークです。
5年間で43.9%から90%超へ。このベンチマークは現在「飽和」しており、モデル間の差別化に使いにくくなっています。つまり、上位モデルが軒並み人間専門家を超えたということです。
MMLUの飽和を受けて研究者が作ったのがGPQA Diamondです。生物・物理・化学の博士課程レベルの問題198問で、Web検索可能な非専門家でも30分かけて34%しか正解できません。同分野のPhD専門家でも65〜70%が限界とされています。
専門家の限界である70%を超えるのに「不可能に近い」と言われていましたが、o1が2024年9月に初突破し、以降は急伸しています。
ここまでのベンチマークが次々と飽和するなか、2024年末に「AIが簡単には解けない問題」を意図的に設計しようとした試みが登場しました。Scale AIとCenter for AI Safetyが共同で作成した「Humanity’s Last Exam(HLE)」です。
2,500問以上、100以上の科目。インターネットに解答がなく、専門家でも数時間を要する問題のみで構成されています。「超人的AIが登場する前の最後の評価軸」として設計されました。
| 時期 | モデル | スコア |
|---|---|---|
| 2024年12月 | GPT-4o | 2.72% |
| 2024年12月 | OpenAI o1 | 7.96% |
| 2026年初 | Gemini 3 Pro | 37.5% |
| 2026年初 | Claude Opus 4.6 | 34.4% |
| 2026年 | Claude Fable 5 | 約53〜64% |
| — | 専門家(自分野) | 約90% |
公開からわずか1年でo1の7.96%がGemini 3 Proの37.5%へ——約4倍に跳ね上がりました。「最後の試験」も飽和に向かいつつあります。
ここまで読むと「AIはすべてを超えた」という印象を持つかもしれません。しかし、そうではありません。
人間が圧倒的に勝ち続けている領域もあります。
ARC-AGI-3(2026年3月公開)は、視覚的なパターンから隠れたルールを発見するインタラクティブな推論タスクです。人間は複数人で試せばほぼ全ての問題が解けますが、現時点の最上位AIは0.37%(Gemini 3.1 Pro)にとどまります。
競技プログラミングの「AtCoder World Tour Finals」では2025年、AIが2位を記録しました——しかし優勝した人間との差は9.5%ありました。1位は依然として人間です。
「凄まじく賢くなった」のは事実ですが、「人間を完全に超えた」は正確ではありません。
数字を並べると、こうなります。
| 指標 | 起点 | 到達点 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 共通テスト正答率 | 東ロボくん 偏差値57(2016) | 96.9%・9科目満点(2026) | 10年 |
| Mensa換算IQ | 89〜100(初期) | 133〜145(2026) | 数年 |
| MMLU(57科目知識) | 43.9%(2020) | 90.2%(2025)、専門家超え | 5年 |
| GPQA(博士レベル科学) | 39%(2023) | 96.2%(2026) | 3年 |
| FrontierMath | <2%(2024) | 87.7% Tier 1-3(2026) | 約2年 |
| Humanity’s Last Exam | 7.96%(2024/12) | 約53〜64%(2026) | 約1年 |
| 国際数学オリンピック | 銀メダル(2024) | 金メダル公式認定(2025) | 1年 |
| 東大理三入試 | 合格水準(2025) | 首席スコア超え(2026) | 1年 |
重要なのは、AIが「賢くなった」という事実よりも、「賢くなり続けている速度」です。「当分無理」と言われた壁が1〜2年で崩れる事例が繰り返されています。来年、再来年に何が起きているかを誰も正確には予測できません。
問題は「AIを使うかどうか」ではなく、「この変化の速さのなかで、どう使いこなすか」です。
東大・共通テスト
新井紀子「知識に比べ幼稚な知性」日本経済新聞、2016年11月15日
国立情報学研究所「「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト 研究成果について」NII、2016年11月14日
遠藤聡志「【ついに9割!】共通テスト2025をChatGPTに解かせてみた」note(LifePrompt, Inc.)、2025年1月21日
遠藤聡志「東大理3合格——ChatGPT o1とDeepSeek R1に2025年度東大受験を解かせた結果と答案分析」note(LifePrompt, Inc.)、2025年
遠藤聡志「【満点9科目!】共通テスト2026を最新版AIに解かせてみた(Chatgpt、Gemini、Claude)」note(LifePrompt, Inc.)、2026年1月20日
遠藤聡志「首席超え・満点続出——2026年度 東大・京大の入試問題をAIに解かせてみた」note(LifePrompt, Inc.)、2026年4月27日 IQ測定
Maxim Lott「IQ Test」TrackingAI
国際数学オリンピック(IMO)
FrontierMath
ARC-AGI
Humanity’s Last Exam(HLE)
MMLU・GPQA Diamond
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